(8)西欧の近代文明を大幅に受け入れて、非西欧社会で例外的に早く近代国家として発展しながら、西欧文明の根底にあるキリスト教は、ほとんど流入しなかった。
ユダヤ民族と日本民族とは、キリスト教との関係においても地球上の他の民族に比べ、両極端に位置して好対照をなしているのである。ユダヤ教徒は、キリスト教を生み出す母胎となる一神教を形成し、信じながら、そのためもあってキリスト教徒にもっとも迫害され、一方日本人は、キリスト教徒に植民地化されなかった数少ない民族の一つである。そして一神教にもっとも無縁な民族である。
なぜユダヤ教徒はキリスト教徒に迫害されたのか。岸田秀は『一神教vs多神教
西欧人がユダヤ人を差別するのは、西欧人がローマ帝国によってキリスト教を押し付けられ、元来の民族宗教を捨てさせられ、元来の神々を悪魔とされたところに起源がある。そこで本来ならローマ帝国とキリスト教に向くはずの恨みが、転移のメカニズムによって、強者とつながりのある弱者に向かう。強者に攻撃を向けることは危険だからである。ローマ帝国や、自分たちがどっぷりつかっているキリスト教を攻撃できず、キリスト教の母胎となってユダヤ教を攻撃するのである。つまり反ユダヤ主義は、深層においては反キリスト主義であるという。
『影の現象学 (講談社学術文庫)
ルイス・スナイダーの『アドルフ・ヒトラー (角川文庫 白)
岸田は、「反ユダヤ主義は、深層においては反キリスト主義である」と述べたが、ヒトラーおよびナチにおいては、深層においてどころか声高に反キリスト主義が叫ばれていたのである。西欧の反ユダヤ主義の深層には、確かに自らの文化の中核をなすに到ったキリスト教への反感があり、それが、ナチズムのような「退行」的な現象においては、はっきりと表面に出てくると言えるのかもしれない。
ともあれキリスト教を基盤とした西欧文明は、近代以降の世界史の中心にあった。その西欧文明の軸の両極端にユダヤ人と日本人がいる。ユダヤ教なくしてキリスト教は生まれなかった。ユダヤ教の一神教の精神は、西欧文明の本質的な部分に影響を与えている。しかも、何度も繰り返された迫害にもかかわらず、西欧文明の発達に決定的な影響を与えたユダヤ人が多数いる。マルクス、フロイト、アインシュタイン、それ以前にも名前を挙げればきりがない。資本主義の誕生の一要素となった金融の発達も、ユダヤ人を抜きにしては語れない。ユダヤ教徒は、キリスト教徒に憎まれ、迫害されながらも、西欧キリスト教文明の発達に大きな役割を果たしたのである。
一方日本人は、近代以前、キリスト教、いや一神教そのものの影響からもっとも遠いところにいた。一神教は、遊牧や牧畜と深く関係するが、遊牧・牧畜文化ともっとも無縁だったのが日本民族だった。宦官は家畜の去勢技術と深いかかわりがあり、宦官はユーラシア大陸の各地に存在するが、日本には存在しなかった。インドは、イスラム教の王朝(ムガル帝国)が存在したし、イスラム教は東南アジアのインドネシアにまで進出した。
日本にはもちろんイスラム教は侵入しなかったし、キリスト教国に植民地化された経験もない。にもかかわらず日本は、明治維新以降、西欧文明の、キリスト教という中核を抜きにした成果の部分だけをうまく取り入れ、いちはやく近代化に成功して、世界史の舞台に躍り出ていくのである。そして近代以降の西欧文明に対して脅威を与える、最初の非西欧文明(非キリスト教文明)になっていく。
このようにユダヤ民族と日本民族は、キリスト教文明を軸にすると、まさに正反対の場所に位置する。しかし、一方は迫害されながらもその内部に本質的な影響を与え、他方はそのもっとも遠い外縁にいながら、やがて大きな脅威と影響を与える存在になっていた。両極にありながら、西欧文明に与えたインパクトという面では、どこかに通じるものがあるのではないか。
《関連図書》
★『ユダヤ人 (講談社現代新書)
★『驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)
★『ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
★『一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)
★『旧約聖書の誕生 (ちくま学芸文庫)
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